この仕事が終わったら、求人広告に「公共機関のデータ入力」と書いてあるものには応募しないだろうな。そこの会社の直接雇用だったとしても、正社員でもなく、パート社員でもなく、アルバイトでもなく、派遣社員でもない。表現のしようのない形態。安い時間給で正社員と同じように都合良くこきつかわれる。それが「請負業務」というもの。
昨日、サブリーダーの人からまた同じことを言われた。
「ほら、やっぱり管理をしているじゃないですか!」
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そう、私は会社側の回線を100%切っていた。
いろいろ気遣ってくれるサブリーダーに対して、私は次のように答えた。
「今、必要とされている動きを私はしているだけ。」
会社側の回線を切ると、このような答えになる。
会社側の回線をオンにしてしまうと、会社側に対する怒りが出てくる。
会社側の回線を切った時、別の回線が生まれる。
それが人と人とのつながり。
前回になかった点が1つあり、今回はそれがとても良いと思う。
私もサブリーダーも、(会社側の)大企業色がない。
だから、私達と職員さんの関係は、とてもアットホームな感じ。
前のリーダーは大企業色を前面に出していたので、職員さんとの間にアットホームな関係をつくることはできなかった。
それは、会社側の人間が相談をしても職員さんの動きはとてもにぶいのに、現場(私やサブリーダー)が動くと、すぐにレスポンスが返ってくるというところに如実に現れる。
回線を切る。
これは、有害なアタッチメントコードを切ることと同じだった。
有害なアタッチメントコードは、無意識の習慣と同じもの。
安い時給で正社員と同じようにこき使う会社側に腹を立て続けると、この有害なアタッチメントコードが働く。
私は、この仕事(夏から続いている)をやり遂げることによって、一生分の厄を落とそうとしている。
厄を落とすという決意と、自己責任によって、有害なアタッチメントコードを切ろうとしている。
アタッチメントコードに意識を向けるのをやめると、もう1つの人と人とのスピリチュアルな絆が姿を現してくれる。このつながりによって動いていくと楽になれる。
「今、必要とされている動きを私はしている、ただそれだけ」これが、有害なアタッチメントコードを切る方法。
必要とされている動きをする、この時、頭(心)の中はからっぽ。
このとき、自我(=エゴ)は存在することが出来ない。
ただ自然の流れに従うように動いている。
自分が動いているという意識もない。